そこで人々は、人の物語を使って土地の性質を語った。
最も古い例が、景行天皇の時代に伝えられる「悪魚退治」の伝説である。
悪魚とは特定の生物ではなく、水を介して人を害する得体の知れない何かの総称だった。
毒に倒れた八十八人の兵士が、八十場(やそば)の水を飲んで回復したという話は、奇跡譚ではなく、水の性質の違いを記録した伝承と読むことができる。
この水は「八十蘇生場(はちじゅうそせいば)」「八十八の清水」と呼ばれ、命を立て直す水として語り継がれた。
それから約千年後、同じ讃岐の地で崇徳天皇が亡くなる。
遺体はすぐに運ぶことができず、一時的に水に浸して保全されたと考えられる。
日本の風土において、自然にミイラ化が起こる条件は成立しない。
にもかかわらず「腐らなかった」という印象だけが残り、後世では怨霊や神異の物語へと書き換えられていった。
しかしこれは、個人の怨みの問題ではない。
生きている人間に対しては「回復」として現れ、亡くなった人間に対しては「腐敗の遅れ」として現れた。
同じ水の性質を、生と死の立場から見ただけである。
讃岐の石、とくにサヌカイトを含む地質が生むこの「循環を遅らせる場」は、時代ごとに悪魚、霊水、怨霊、ミイラという言葉に翻訳されてきた。
崇徳天皇は怨霊だったのではなく、土地の特性を一身に背負わされた象徴である。
そして現代になってようやく、その語りは再び石と水の言葉へ戻ろうとしている。
怨念や歪められた伝承よりも、本当に希少なのは
地球🌏の環境そのもの。
石と水と土地が持つかけがえのない性質を正しく理解し、消費や神秘化ではなく、宝物として後世へ繋いでいこう。